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福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)1059号 判決

原告

X

外五一名

原告ら訴訟代理人

小泉幸雄

外二一名

被告

福岡市同和奨学振興会

右代表者

戸田成一

右訴訟代理人

内田松太

外二名

主文

一  被告は、別紙(二)記載の原告ら〈編注、四一名〉に対し、別紙(二)記載の各金員〈編注、二八名に対し二万五〇〇〇円、七名に対し五三万円、六名に対し三三万一〇〇〇円、四名に対し六八万円、一名に対し三六万円〉を支払え。

二  被告は、別紙(三)記載の原告ら〈編注、一三名〉に対し、右原告らが昭和五三年九月一日以降別紙(三)在学校名欄記載の各学校に正規の修業期間内在学する期間中、毎月末日限り別紙(三)給付月額欄記載の各金員〈編注、公立高校六名に対し九〇〇〇円、私立高校七名に対し一万五〇〇〇円〉を支払え。

三  被告は、別紙(四)記載の原告ら〈編注、四名〉に対し、右原告らが昭和五三年九月一日以降同五四年三月末日までの別紙(四)記載の各学校〈編注、私立大学〉に在学する期間中、及び、右原告らが被告に対し進学奨励金の継続申請をしたときは、昭和五四年四月一日以降右各学校に正規の修業期間内在学する期間中、毎月末日限り、別紙(四)給付月額欄記載の各金員〈編注、二万円〉を支払え。

四  原告A、同B、同C、同D、同E、同Fの請求をいずれも棄却する。

五  前項記載の原告らを除くその余の原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用中、第四項記載の原告らと被告との間に生じた分は右原告らの負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた分はこれを五分し、その一を右原告らの、その四を被告の各負担とする。

七  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一、二〈省略〉

三  被告の主張及び原告の主張に対する反論

1〜4〈省略〉

5 原告らが本件進学奨励金等の給付請求権を有するとの主張に対する反論

原告らは、本件進学奨励金等給付事務における訴外福岡市と被告及び原告らの間の法律関係は第三者のためにする贈与契約であり、原告らの本件申請行為によつて給付請求権が発生する旨主張する。

しかしながら、被告は、福岡市とそのような契約を締結したことはない。のみならず、理論的にもそのようなことがありえないことについては、以下に述べるとおりである。

(一)  本件進学奨励金等給付事務の実施主体について

もともと、本件進学奨励金等の給付事務は、同和施策の一環として訴外福岡市が実施するものであるところ(特別措置法六条四号、八条)、同対審答申の趣旨をふまえ、右事務の円滑な処理を図るために被告が設置され、被告は、同市より交付される補助金を資金として、規約、規程に基づき、本件進学奨励金等の給付事務(給付決定を除く。)を行つているものである。

(二)  訴外福岡市の被告に対する補助金交付の法的性質について

右補助金は、福岡市補助金交付規則に基づき交付されているが、右交付規則は、補助金に係る予算の執行について基本的事項を定めることにより、その適正な執行を図ることを目的とするものであり(同規則一条)、補助金の交付に関し、次のとおり規程する。

即ち、補助金の交付の申請をしようとする者は、市長に対し、その定める期日までに所要の事項を記載した申請書を提出しなければならず(同規則四条)、市長は、補助金の交付の申請があつたときには、所要の審査等を行い、当該申請に係る補助金の交付が、法令及び予算等で定めるところに違反しないかどうか、補助事業内容が適正であるかどうか等を調査し、補助金を交付すべきものと認めるときは、すみやかに交付の決定をすることとして、その決定内容等を補助金交付申請者に通知しなければならない(同規則五条、七条)。そして、補助事業者は、法令の定め、並びに補助金の交付の決定の内容、及びこれに付した条件その他法令、条例、規則に基づく市長の処分に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業を行わなければならない(同規則一〇条)。

右の諸規定によれば、訴外福岡市の被告に対する補助金の交付決定は、被告に対し補助金をその交付の目的に従つて使用すべきことを義務づける性格を有する行政処分というべきである。

(三)  本件進学奨励金等の交付決定の法的性格、並びに具体的給付請求権の発生時期について

進学奨励金等の給付を受けようとする者は、規程に定める申請手続に従い、あらかじめ関係団体の長を経由した、すなわち解同市協支部長の認印をもらつた申請書を被告に提出する必要があり(規程五条)、右の認印がある申請書が提出されると、被告はこれを選考委員会に諮つて資格者の選考を行い(規程二条、六条)、その結果を市長に具申し、市長の給付決定があると、被告はこれに基づき、申請人各人への通知を行うことになつている(規程七条)。

右手続によれば、本件進学奨励金の給付事務は、申請者による給付申請に対する市長の給付決定の手続と、右決定通知を受けた者に対する被告の奨励金の交付手続からなつており、前者は、市長の行政処分、後者は、市長事務(事実行為)の委託であると解するのが相当である。

そうすると、本件進学奨励金等についての具体的請求権は、申請者に対し市長の行政処分である給付決定がなされて初めて発生するものである。

(四)  以上から明らかなように、被告は、市長の事務委任を受けて一連の給付事務を実施しているのであるから、補助金交付規則を適用しているものの、本件における市長から被告への補助金授受の関係を贈与契約と解することはできない。何故ならば、一般の補助金交付の場合には給付決定を補助金の受領者が行うのに対し、本件の場合の給付決定は、補助者である市長自らが実施するからである。

右のとおり、贈与契約が存在しない以上、第三者としての受益者も存在しない。仮に、市長と被告との間に贈与契約があると考えられるとしても、それが、いついかなる要件の下に、第三者の為にする契約となるのか、そして、何故に原告等に給付請求権が発生するのかについての主張も立証も存しないし、また、補助金交付に関連して、それを第三者のためにする贈与契約とする学説もなく、原告らの主張は失当という外はない。〈中略〉

四  原告の主張及び被告の主張に対する反論

1、2〈省略〉

3  申請行為による給付請求権の発生について

(一) 福岡市は、各年度ごとに被告に対し補助金を交付しているが、この補助金交付の法律関係は、その発生(被告からの申請、福岡市長の交付決定)や取消し等の点で福岡市補助金交付規則による公法的規制を受けるものの、その実態は贈与契約にほかならない。

右の贈与契約には、被告からの補助金交付申請と福岡市長の補助金交付決定によつて、この補助金を福岡市内の同和地区子弟に対する進学奨励金及び入学支度金給付の目的に使用するとの制約が課せられているので、右補助金交付の法律関係は、実体法的には、福岡市内の同和地区子弟に対し同和進学奨励金等の給付を行うことを目的とした第三者のためにする負担付贈与契約にほかならない。

(二) 以上のように解するならば、原告らの被告に対する同和進学奨励金入学支度金給付請求権は、原告らが右給付申請をしたときに発生することが明らかである。即ち、補助金交付の法律関係については、公法的規制に関する明文の規程がない限り、すべて私法が適用されると解すべきところ、福岡市補助金交付規則にはこの点に関する何らの規程も置かれていないので、原告らの給付請求権の発生時期は、第三者のためにする契約に関する民法五三七条により処理されることとなり、同条二項により第三者である原告らの意思表示のとき、すなわち原告らが同和進学奨励金等の給付申請を行つたときということになる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一福岡市は被告に関して原告ら主張のとおりの内容の規約、規程を定めていること、被告は福岡市から同市補助金交付規則に基づいて毎年補助金の交付を受け、右補助金を資金として福岡市内の同和地区内に居住する者の子弟に対する本件進学奨励金等〈編注、入学支度金及び進学奨励金〉の給付を行つていること、本件進学奨励金等の給付金額は請求原因1項(一)末尾記載の別表1のとおり定められていること、別表(一)記載の原告らが昭和五一年度入学支度金交付申請書を、別表(二)記載の番号33ないし49の原告らが同年度入学支度金及び進学奨励金の各交付申請書を、別表(二)記載の番号50ないし52の原告らが進学奨励金交付申請書を、それぞれ訴外藤岡祥三を通じて被告に提出したことは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  福岡市は同対審〈編注、同和対策審議会設置法により設置された同和対策審議会〉の答申に則り、市内の同和地区住民の子弟の教育の充実をはかるため、規約、規程を制定して被告を設置し、被告は昭和四一年四月一日以降進学奨励金等の給付事務を行つてきたが、進学奨励金等の給付制度の実施、運営にあたつては解同市協〈編注、部落解放同盟福岡市協議会〉との緊密な連携を図ることとし、規程中に、本件進学奨励金等の給付の申請にあたつては申請書等を関係団体長を経て被告に提出しなければならない旨定め(五条)、具体的には、申請者に対し、申請書用紙の支部長確認欄に、申請者が進学奨励金等の給付対象者であることを確認する趣旨に出た解同市協支部長の認印の押捺を得させることを義務づけてきた。

2  ところが、特別措置法〈編注、同和対策事業特別措置法〉の施行以降諸般の同和対策事業が進められるなかで、解同内部に部落解放の運動方針をめぐる意見の対立と組織の分裂が表面化し、福岡市においても、昭和五〇年五月、解同市協の書記長をしていた藤岡祥三外数名の執行委員が解同市協の執行委員会から脱会するという事態が生じ、同年六月には右藤岡ら及び同人らの主張や行動を支持する者らによつて新たに正常化市協〈編注、部落解放同盟正常化福岡市協議会〉が結成されるに至つたが、原告らの父母は正常化市協の運動方針に賛同し、正常化市協の運動に参加することとなつた。

その後、解同に対立する全国的な組織である全解連(全国部落解放運動連合会)が結成されたのに伴い、正常化市協は全解連市協〈編注、全解連福岡市協議会〉に改組され現在に至つているが、全解連市協と解同市協とは運動方針等をめぐつて鋭く対立、反目し合つている。

3  原告らは、昭和五一年三月一九日から同月二二日までに本件進学奨励金等の給付を受けるべく、申請書の支部長確認欄に正常化市協支部長の押印を得たうえ、規定五条所定の添付書類とともに正常化市協会長藤岡祥三を経て被告に提出したが、被告は原告らの申請書には解同市協支部長の確認印が押印されていないからこれを受理することはできないとして本件進学奨励金等の支給をしないため、原告らによつて本件訴えが提起されるに至つた。

三原告らは、本件進学奨励金等の給付の法律関係について、規約及び規程に定める受給資格を具備する者が給付の申込みをしたときは、当然に、被告に対し進学奨励金等の給付を請求する権利を取得する旨主張するのに対し、被告はこれを争うので、先ず右の点について検討する。

本件進学奨励金等の給付は、福岡市が同和対策事業の一環として行つているものであるが、福岡市は、自らその給付を行うのではなく、被告を設置して補助金を交付し、被告が右補助金をもつて同和地区子弟に対し進学奨励金等の給付をなしているものである。規約によれば、被告の事務局は福岡市教育委員会内に置かれ、被告の役員及び事務職員の相当数は福岡市の職員をあてることとされているけれども、被告が福岡市の機関でないことは明らかである(被告がいわゆる権利能力なき財団であることは当事者間に争いがないところでもある。)。

そうすると、進学奨励金等受給者と被告との間の法律関係は私法上のものであつて、進学奨励金等の給付は就学を負担とする贈与の性質を有するものと解するのが相当である。

そこで、右の贈与による受給者の給付請求権の発生の要件をどのように考えるかが問題となるが、これについては、本件進学奨励金等の趣旨、目的に照らして考察しなければならない。

〈証拠〉によれば、同対審答申は、その前文において、「同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によつて保障された基本的人権にかかわる課題である」、「その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題である」との認識を明らかにし、教育問題に関する具体的方策の一として、「a経済的事由により、就学が困難な児童生徒にかかる就学奨励費の配分にあたつては特別の配慮をすること。b高等学校以上への進学を容易にするため特別の援助措置をすること」を提言し、結語中に、「地方公共団体における各種同和対策の水準の統一をはかり、またその積極的推進を確保するためには、国は、地方公共団体に対し同和対策事業の実施を義務づけるとともに、それに対する国の財政的助成措置を強化すること。この場合、その補助対象を拡大し、補助率を高率にし、補助額の実質的単価を定めることなどについて、他の一般事業に比し、実情を配慮した特別の措置を講ずること」と述べていることが認められる。また、本件進学奨励金等の給付が特別措置法に基づく同和対策事業として国の補助の下に行われていることは弁論の全趣旨より明らかであるところ、同法は、国及び地方公共団体は、同和対策事業を迅速かつ計画的に推進するよう努めなければならないこと(四条)、国は対象地域の住民に対する学校教育及び社会教育の充実を図るため、進学の奨励、社会教育施設の整備等の措置を講ずること(六条六号)、及び、地方公共団体は、国の施策に準じて必要な措置を講ずるように努めなければならないこと(八条)を定めている。

本件進学奨励金等の制度が右の答申及び法律の趣旨を実現するためのものである以上、それは同和地区子弟に対し慈恵的、恩恵的に給付されるものでないことは明らかであつて、被告としては、規程の定める進学奨励金等受給の資格を有する者から所定の手続による給付の申込みがあつたときには、他に給付を相当としない特別の事由がない限りこれを拒むことはできず、所定の給付手続を履践したうえ、所定の進学奨励金等を給付すべき義務を負うものと解すべきである。即ち、福岡市は、本件規約及び規程を定めることにより、一定の資格を有する同和地区子弟に対し進学奨励金等を給付すべき旨をあらかじめ一般的に表示したものであり、その効果として、規程に定める受給資格を有する者は、被告に対し給付の申込みをすることにより、進学奨励金等の給付請求権を取得するという法律関係にあるものと解すべきである。

もつとも、実際問題として、進学奨励金等の給付申込者が規程に定める受給資格を具備した者であるかどうかは、被告にとつて当然には明らかでないから、個々の事案について資料に基づいた受給資格の判定が必要となる。そこで、規程は、進学奨励金等の支給を受けようとする者は所定の書類を関係団体長を経て被告に提出しなければならず(五条)、被告は委員会により申込者の受給資格を審査し(六条)、給付を決定したときは申込者にその旨を通知する(七条)と定めているのである。

しかしながら、本件進学奨励金等の性格について前述したところから考えるならば、被告の給付決定の性格は、権利の存在を確認する行為であると解すべきであつて、被告の給付決定によつて始めて受給者に進学奨励金等の給付請求権が生ずるものと解すべきではない。

右のように解すべきことは、次のことからも明らかである。即ち、本件進学奨励金等の制度は福岡市の同和対策事業であるところ、仮に福岡市が自ら進学奨励金等の給付にあたつているとすれば、その給付を申し込んでこれを受け得なかつた者は、行政上の不服審査ないしは抗告訴訟による救済の方途を有すると考えられるのに対し、本件の場合、被告の給付決定がない限り具体的な給付請求権が生じないとするならば、被告に進学奨励金等の給付を申し込んでこれを拒絶された者は、仮に正当な受給資格者であつても、直接の救済手段がないということになる、その結果が不当であることは明らかというべきである。

なお、被告は、本件進学奨励金の給付事務は、申請者による給付申請に対する福岡市の給付決定の手続きと、右決定通知を受けた者に対する被告による奨励金等の交付手続からなつており、前者は市長の行政処分、後者は市長事務(事実行為)の委託であると解すべきであり、本件進学奨励金等についての具体的請求権は申請者に対し市長の行政処分である給付決定がなされて始めて発生するものであると主張するが、規約及び規程によると、前記のとおり、進学奨励金等の給付の申込の受付、申請者の受給資格の審査、進学奨励金等の給付の決定及び交付等の全ての事務を被告が処理していることは明らかである。なるほど、被告は福岡市から交付される補助金を資金として進学奨励金等の給付をしているのであるから、被告の事業遂行のためにはその前提として福岡市の補助金交付が必要であることは被告主張のとおりであろうが、これは被告の事業資金に関する被告と福岡市との間の内部関係の問題であるに過ぎず、進学奨励金受給資格者の給付請求権の発生に直接の関係を有するものではないから、被告の右主張は採用できない。

四そこで、進んで、被告が原告らに対し進学奨励金等を支給しないことの適否について検討する。

原告らに対し進学奨励金等を給付することができない理由として被告が主張するところは、要するに、原告らが提出した進学奨励金等交付申請書には規程五条の別紙様式の定めに反し、関係団体たる解同市協の支部長の確認印が押捺されていないということに帰着する。

右の点について、原告らは、正常化市協は規約、規程にいう関係団体に該当するから、正常化市協支部長の確認印が押捺された原告らの交付申請書には何ら不備はないと主張するので、先ずこの点について考えてみる。

〈証拠〉によれば、規約及び規程が制定された昭和四一年当時福岡市に存在した部落解放運動の自主的団体は解同市協が唯一のものであつて、規約及び規程に関係団体なる文言が用いられたのは解同市協を指称する趣旨であつたこと、また、将来において解同市協以外に部落解放運動の自主的団体が組織される場合をあらかじめ予想し、これに対応できるようにとの配慮から関係団体という一般的な呼称が選ばれたものでもないことが認められる。

ところで、訴外藤岡祥三を中心として正常化市協が結成されるに至つた経緯は前記のとおりであり、正常化市協も部落解放運動の自主的団体であつて、被告ないし福岡市が同和対策事業を行うにあたつて関係を有する団体であることは疑いを容れないところ、規約、規程にいう関係団体はその文言上解同市協に限定されていないので、正常化市協の発足後において規約、規程上の関係団体に正常化市協が含まれるかどうかについて疑義を生ずるのは自然の勢いである。ただ、進学奨励金等の交付申請書を関係団体長を通じて提出させる(具体的には、申請書に関係団体支部長の確認印を得させる)ことは、それ自体としては受給資格の要件を定めたものではなく、給付事務処理の便宜のために定められた手続にすぎないと解されるところからすれば、具体的にどの団体が規約、規程上の関係団体に該当するかは、結局は、規約、規程の解釈、運用にあたる被告の判断によつて定まる性格の問題であつて、被告以外の者が関係団体の範囲を認定して、その判断を被告に強制することはできないというべきである。もちろん、同対審答申の趣旨、本件進学奨励金等給付制度の趣旨、目的等から考えると、被告としては、同和地区に住んでいる人々の自発的意志に基づく自主的運動と認められる団体であつて、これと連携を求めることが同和対策事業の適正、円滑な実施運営に資するような団体を規約、規程上の関係団体と認めるのが相当であり、同和地区住民の相当数が加入している自主的運動の団体であつて、これを無視しては同和対策事業の円滑な遂行が著しく困難になるような団体を関係団体として認めなかつたり、主義、主張を異にして対立、抗争の関係にある複数の団体のいずれかのみを関係団体として認めるとするならば、そこに特別の合理的な根拠があるのでない限り、適正、円滑な事業の遂行に支障を来たすのみでなく、いたずらに混乱を招く結果となることが予測されるけれども、それは福岡市における同和対策事業運営の当、不当にかかわる問題であるにとどまるというべきである。

しかるところ、被告が一貫して正常化市協を規約、規程上の関係団体として認めない方針をとつていることが明らかである以上、右方針が福岡市の同和行政上当を得たものであるかどうかは別として、正常化市協が規約、規程上の関係団体に該当するということはできないから、現行の規程を前提とする限り、原告らの提出した進学奨励金等交付申請書は、関係団体支部長の確認印を欠くという点において不備があるものといわざるをえない。

問題は、被告が右の手続上の不備を理由に原告らに対し進学奨励金等の給付を拒否することが許されるかどうかであつて、この判断については、なお諸般の事情に照らして更に検討を加える必要がある。

なお、被告は、原告らの交付申請書を受理していない旨主張する如くであるが、原告らが訴外藤岡祥三を通じて交付申請書を被告に提出し、被告がこれを受領したことは前記のとおりであるから、被告において格別の受理行為をなすまでもなく、原告らから被告に対し、進学奨励金等の交付申請が有効になされたものと解すべきことは多言を要しない。

五被告は、本件進学奨励金等の交付申請書に解同市協支部長の確認印が不可欠であることの理由として、同和対策事業の一環としての本件進学奨励金等の給付制度の実施にあたつては、同対審答申にもあるとおり、同和地区に住んでいる人々の自発的意思に基づく自主的運動との緊密な連携を図る必要があること、右奨励金等の給付対象者を行政側において独自に判定することは不可能であつて、敢えてこれを行おうとすれば、かえつて差別を助長する危険があること、戦前からの部落解放運動の伝統を継承する自主的運動体としては解同市協が唯一のものであるのみならず、福岡市においては、同対審答申の趣旨に則り、歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けている人々で同和地区に住んでいる人々を対象に同和事業を行うという基本方針(いわゆる属地属人主義)に従つて施策を進めているところ、解同市協はその運動の基本方針を福岡市と同じくするのに対し、正常化市協は、歴史的、社会的にいわれのない差別を受けているか否かを問わず、同和地区に居住するすべての者を同和対策事業の対象とすべきであるとの主張(いわゆる属地主義)をしており、右の福岡市の基本方針と相容れないことが明らかであるので、正常化市協支部長の確認印をもつて解同市協のそれに代えることはできないこと等を挙示する。

案ずるに、同和対策事業の施行について同和地区居住者の自主的運動との緊密な連携を図る必要があり、かつ、同和対策事業の対象者の判定にあたり同和運動の自主的団体の協力を得ることが望ましいことは被告主張のとおりであると考えられるので、福岡市が本件規約、規程の制定に際し、解同市協支部長の確認印の手続を設けたことは、本件進学奨励金等の支給を適正、円滑に実施するための手段として合理性を有するものであつたことは否定できないと思われる。

しかしながら、同和運動の関係団体を通じて同和対策事業の対象者を特定するという方法は、関係団体が一つに統合されている場合には支障なく有効に機能するであろうけれども相対立する複数の団体がある場合にその一方のみを通じて事業対象者の認定を行おうとするならば、そこに複雑、困難な問題が生じうることは既に述べたとおりである。

これを本件についてみるに、かつて福岡市において唯一の同和運動関係団体であつた解同市協のほかに正常化市協が結成されるに至つた経緯は前記のとおりであるところ、更に、〈証拠〉を総合すると、そもそも解同内部に組織の分裂を生ずるに至つたのは、従前解同が行つてきた活動が、たとえばいわゆる八鹿高校事件にみられるようにいたずらに強硬、過激であつて、同和問題の真の解決を阻害するものであるとの内部批判が高まつた結果であること、現在においても、全解連は解同の運動方針を目して極端な排外主義、暴力主義であるとか、利権の追求をこととしていわゆる逆差別を生じさせている等と激しく批判し、解同もまた全解連に強い反撥を示して両者は対立、抗争の関係にあり、解同市協と正常化市協(改組後は全解連市協)との関係も右と異らないことが認められる。右両者の抗争は、これに政党間の対立が絡んで複雑な様相を呈していることは前掲各証拠からも推察されるところであるが、基本的には、同和運動のあり方についての認識、意見の相違に発するものであり、かつその対立は全国的な規模を有し、容易には氷解し難いものであることがうかがわれる。

してみると、原告らの父母(成人に達した原告については原告自身)に対し正常化市協に加盟しつつ、本件進学奨励金等の交付申請に際し、解同市協支部長の確認印の押捺を求めても同人らにおいて素直に受け入れにくい要素があることを否定できず、原告らがその進学奨励金等交付申請書に解同市協ではなく正常化市協支部長の確認印を得て被告に提出したことについては、一面において無理からぬ点があつたというべきである。

右のように、従前解同市協支部長による確認印の制度が円滑かつ効果的に機能してきた基盤に大きな変化が生じたと思われるのにかかわらず、被告は、正常化市協(その後身たる全解連市協を含め)が福岡市の基本方針に反する属地主義をとつている以上、正常化市協支部長の確認印を付した交付申請書を認めることはできない旨主張するので案ずるに、なるほど〈証拠〉によれば、正常化市協の会長である訴外藤岡祥三は、公式の場において、同和対策事業は同和地区を対象とし、同和地区の住民に対して行われるべきである旨の主張をしていることが認められる。しかしながら、同和対策事業の中にも、環境改善に関する事業のように専ら地域を対象として行われるものと、教育や人権に関する事業のごとく、その性質上個人を対象とするものの別があること、及び同和地区に現に居住する人であつても、歴史的、社会的にいわれのない差別を受けてきたことのない者があることは明らかであるところ、〈証拠〉によれば、正常化市協ないしその代表者たる同人の主張するところが、本来個人を対象とする事業についても、差別を受けてきた者であるか否かを問わず同和地区に居住するすべての人を対象として行われるべきであるというような極端で常識に反するものであることは認められないし、正常化市協の運動方針が右のような考え方を基本とするものであるとの事実を認めるに足る証拠は他にも存しない。そもそも、歴史的、社会的に差別を受けてきたということと、同和地区に居住し又は居住してきたということとの関係をどのように考え、個々の事例において事業対象者たる資格をどのように判断するかはしかく単純な問題ではなく、属地属人主義と言つてみても、それだけで事業対象者の範囲が具体的に明確になるものではないというべきである。

そうすると、福岡市及び解同市協が属地属人主義をとつているのに反して正常化市協が属地主義であるが故に原告らの進学奨励金等交付申請を認め難いとする被告の主張は、その前提たる事実が明らかでなく、根拠がないといわざるをえない。

更に、本件の具体的事実に即して考えるに、〈証拠〉によれば、原告らのうち後記の大楠地区に属する者を除くその余の原告らは、それぞれ福岡市東区馬出地区、同市西区戸切地区、同区城ノ原地区、同区南庄地区又は同区原地区に居住する者であるところ、右各地区はいずれも福岡市内における同地区として一般に知られ、福岡市の行う同和対策事業の対象区域となつているばかりでなく、右各地区における正常化市協(現在は全解連市協)の支部長又は副支部長は、正常化市協の発足前はそれぞれ解同市協の支部長その他役員として活動してきた者であることが認められる。したがつて、少なくとも右原告らに関する限り、その所属する正常化市協が部落解放運動の伝統を継承するものでないとか、その所属団体との連携により進学奨励金等給付対象者であるか否かの判定ができないという被告の主張が当を得たものでないことは明らかである。

以上の諸点から考察するに、原告らが進学奨励金等の交付申請をなすにあたり解同市協支部長の確認印を得なかつたことには相当の理由があり、かつ、原告らが正常化市協支部長の確認印を得たことによつて、被告において原告らが給付対象者であるかどうかを判定するのに格別の困難は生じなかつたと認められ、したがつて、原告らの交付申請書に解同市協支部長の確認印が押捺されていなかつたという手続上の不備は、原告らの交付申請の効力を失わせるものではないと解するのを相当とし、このことは、少くとも、大楠地区に属する原告らを除くその余の原告らに関する限り、ほとんど疑いを容れないものというべきである。〈以下、省略〉

(南新吾 兒嶋雅昭 井上哲男)

別紙(二)〜(四)、別表(一)〜(三)〈省略〉

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